Grass Roots

東日本に生まれ育った彷徨える民として
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映画「三池 終わらない炭鉱の物語」と監督と下村健一氏のトークに思う
昨日(11/4)ポレポレ東中野で映画「三池 終わらない炭鉱の物語」を見た。今年5月に『むかし原発 いま炭鉱 ――炭都[三池]から日本を掘る』熊谷博子(中央公論新社、2012年)を読んだ後、ぜひ見たいと思っていたのだが、やっと見られた。

この映画は三池炭鉱100年の歴史をていねいに追っている。誰も働きたがらない危険な炭鉱(やま)へまず駆りだされたのは囚人たちだった。そして、飢餓に苦しみ生きる場を求めてきた与論島の人たち、強制連行された朝鮮人、中国人、さらに捕虜たちも。

だが、それはただの「負の遺産」ではない。そこで生きた労働者たちが、今の私たちに残していった大きな宝があると、熊谷監督は感じたようだ。そして、その通りだと思う。

この映画の山場は2つある。1960年にピークを迎える三池闘争と、闘争集結の3年後に起きた炭じん爆発事故だ。

「去るも地獄 残るも地獄」「総資本対総労働の対決」などと言われた三池闘争については、当時の組合のリーダー、会社側のキーパーソン、第二組合の結成の中心になった人々の証言と、様々な立場の人々にていねいに取材し見応えがある。語られた言葉だけではなく、その人の表情や服装、生活ぶりからも見えてくるものがあり、映像ならではの強みを感じた。熊谷監督は、正義はどこにあるなどとは言わないが、その時の関係性の中で人が立つ位置によって決まってしまう何事かがあることを見事に見せてくれる。

炭じん爆発事故では400名以上が亡くなる。それに加えて多くのCO中毒者が生まれ、その後遺症は本人だけではなく家族を苦しめる。ろくな補償もないなか、妻たちは立ち上がり、坑内での6日間に及ぶ座り込みなど、凄まじい戦いぶりを見せ、生きることの意味を突きつけた。

この日の上映後のトークは、監督と下村健一(元TBSキャスター、菅内閣の広報官)氏。下村氏は、この10月に退任し民間人に戻って、この時の政府部内での体験を語る。下村氏が強調していたのは、震災そして原発事故の時、政府は何かを隠そうとしたのではなく、何がどうなっているのか全くわからなくて、ああいう対応になったということ。東電の幹部や原子力の専門家もパニックになっていて、総理が何を聞いても、宿題をやって来なかった小学生のように下を向いて答えられなかったという。そのような事態になることを誰一人想定したことがなかったのだ。そのことの怖さを強調していた。そして、このままだと、何も変わらないで同じことが繰り返される危険があると。

なるほどな、と思う。しかし、その後で、金曜日に官邸前でデモをする人たちも、原発を維持しようと本気でかんがえている官僚たちも、同じように、私利私欲ではなくこの国を良くしようと本気で思っている。相互不信の今は良くない、というようなことを言ったのは疑問だった。それなら中曽根だって、石原だって、みんなお国のためにと思っているのではないか。原発社会から脱しようと思っている官僚も企業人もいるだろう。でも、私利私欲ではなくて、それらを本気でつぶそうとしている人たちも間違いなくいるのだ。

よりによって、この映画を見た後に、なぜこの発言なのかと思った。その人の立ち位置によっては、相手を殺してしまうこともある。殴ったり刺したりしなくても。そして、そのことを考えて行動していかないと、原発事故後の福島に、そして未来の世代すべてに、大きな重荷を背負わせたままになってしまう。それをこの映画はあらためて強く感じさせてくれたのに。

熊谷監督が言っていたが、11月9日は、炭じん爆発事故から40周年だという。奇しくもその2週間前の1963年10月26日は、茨城県東海村に日本発の動力原子炉が稼働し、「原子力の日」とされている。
「三池 終わらな炭鉱(やま)の物語」の再上映
5月に本の感想を書いた(『むかし原発 いま炭鉱 ――炭都[三池]から日本を掘る』熊谷博子)のもとになっている映画「三池 終わらない炭鉱(やま)の物語」がポレポレ東中野で再上映される。明日11月3日〜9日まで。連日、熊谷監督とゲストのトークも予定されている。
あきらめない
昨日、政府が関西電力大飯原発3、4号機の再稼働を決定した。これを受けて、他の原発も再稼働させようという動きも活発になっている。
でも勝負はこれからだ。
あきらめずに、1つ1つの原子力発電所の廃炉への道筋をつけ、そのための法案や制度を整え、原子力エネルギーに頼らなくても生きていける社会を作っていくしかない。
そのための第1段階としては、この愚かな決定をした政府に退陣を促してもらうこと。その閣僚の名前をしっかり記憶にとどめ、二度と国会に出てこられないようにすること。彼らに力を与えないこと。
民主党も原発再稼働に反対する国会議員がたくさんいながら、政府になんら影響を与えることができなかった。こんな与党になんの意味があるのだろう。消費税にしてもTPPにしてもこの調子で決定していくつもりなのだろうか。自民党ともども、さっさと解党なり分裂するなりして、争点をはっきりさせないと、国会などなんの意味もないものになってしまう。本当の「危機」を作り出しているのは、この機能不全の国会なのだが、変わるつもりがあるのだろうか。
「100,000年後の安全」までもまだまだ遠く
「100,000年後の安全」までもまだまだ遠く

原発ゼロ6日目。

今日は本ではなくて、映画のことを書く。

昨年上映された「100,000年後の安全」は見ただろうか?
フィンランドでの核廃棄物最終処理施設「オンカロ」建設をめぐるドキュメンタリーだ。

去年、渋谷の小さな映画館(UPLINK)で上映されていたのを見に行ったが、見終わった後で、気の遠くなるほどの長い時間を想像しようとしたが、想像すらできなかった。もう人類さえ存在しないかもしれない未来の話なのだ。

原発がこのまま停止し続けて廃炉になるという幸運が訪れたとしても、その処理にかかる時間と費用がどれくらいになるのか、考えると気が遠くなりそうな現実がある。
原発の停止は終わりではなくて、小さな始まりでしかないという現実を、忘れないようにしたい。

今はDVDが出てレンタルビデオ店にもある。新作期間も過ぎたので安く借りられるはず。

YouTubeで予告編を見ることもできる。
宇井純の『公害原論』を読み直す
原発ゼロ5日目。

『公害原論』にすべてが書かれていた、と言ったのは東京新聞の「こちら特報部」でデスクをやっている牧さんだった。それを聞いたとき、ああそうだった、なんで今までと思った。

手元の『公害原論1』の初版は1971年、これは19刷なので1980年のだが、紙は焼けて茶色くなっている。宇井さんが東大の工学部助手として自主講座を続けてきた記録がこの本だ。

水俣病を巡って、政府や企業、学会が行なってきた対応のすべてが、現在の原発の状況とそっくりそのままだったのだ。水質基準の作られ方、公正な第三者というインチキ、都合の悪いデータを隠し、批判者をつぶし、反対運動を分断していくやり方。

宇井さん、すみません。私たち、いや私は、宇井さんの仕事をただ目で追っていただけでだった気がします。この30年間、いったい何をしていたのでしょう。


「福島の原発事故をめぐって―― いくつか学び考えたこと 」山本 義隆
原発ゼロ4日目。

山本義隆氏は東大全共闘議長として一つの時代の象徴的存在だった。物理学の研究者としての道を断った後も、予備校の物理学講師として知られ、近年では科学史の著作を次々に発表しているが、全共闘運動後、現在の政治や社会について直接的に語った文章を見たことがなかった。その山本氏が、福島の原発事故について直接語ったのがこの本だ。

100ページあまりのコンパクトな本なのだが、日本における原子力開発と技術と労働、科学技術幻想について論じ、国家が主導する巨大科学技術開発の究極としての「原発ファシズム」から脱することを提唱している。

科学と社会について考え続けてきた人のみが見渡すことができる場所から、現在の状況について明快に説いているので、わかりやすい。
「原子力の社会史 その日本的展開 」吉岡斉
原発ゼロ3日目。

『新版 原子力の社会史 その日本的展開』吉岡斉(朝日選書、2012)

原発の危険性について書かれた本は多いのだが、日本の原子力開発の全体像を批判的に説明した本というのは意外に少ない。この本は、日本の原子力開発を批判的に記述した通史として最も充実していると思う。

核開発を巡って、科学者・政治家・官僚・産業界が何をしてきたのか、してこなかったのか、考えるために貴重な材料を豊富に提供している。

もともと1999年に出た本なのだが、久しく絶版になっていて、3.11以後に増補されて新版が出されたが、吉岡氏は科学史家として長年にわたって科学技術の社会との関わりを問う著作を出し続けている。

[余談]昨日見たら、内田樹氏が「原発ゼロ元年の年頭にあたり」と書いていた。気分としては同感だ。そこでも触れられているアメリカ政府が日本の原子力開発にどう影響してきたかも、吉岡氏の本書に詳しい。

むかし原発 いま炭鉱
原発ゼロ2日目。
何も書かないと、ただ沈黙して現実に流されて行くだけ、のように思えてくるので、ささやかでも何かを書くことにする。

これからしばらくは、この1年間に読んだ原発とそれとつながる社会的事実について書かれた本について書き記す。

今回は、最も最近読んだ本の1冊。
『むかし原発 いま炭鉱 ――炭都[三池]から日本を掘る』熊谷博子(中央公論新社、2012年)。

この本はタイトルに「原発」が付いているが、原発問題を直接扱っているわけではなく、メインは三池炭鉱の話。著者の熊谷さんはアフガンを撮った「よみがえれカレーズ」などで知られるドキュメンタリーの映画監督で、2005年に三池炭鉱の歴史と現在を捉えた「三池 終わらない炭鉱(やま)の物語」を作っている。この本は、その時の撮影中、そして映画完成後のさまざまなエピソードとそこから発する問いが中心となっている。

タイトルを見てわかる通り、「むかし」と「いま」に続く言葉が常識とは逆になっている。著者が「まえがきに代えて」で書いているように、炭鉱と原発という日本のエネルギーを支えてきた産業が、いかに複雑にからみあい、もつれあい、日本の社会を形作ってきたかが描かれている。描かれているのは、三池炭鉱の姿だが、その非情の歴史が、いまの原発の問題と全く同根のものであることもわかる。

しかし、「まえがきに代えて」に添えられているように、「炭鉱は文化を生み出したが、原発は文化を生み出さなかった」という大きな違いもある。炭鉱労働は、本書にも書かれているように多くの差別と抑圧に支えられながら日本の資本主義を牽引してきたが、それでもそこに生きる者が生活と労働の中から力強く生み出してきたものがあった。だが、原発が生み出すのは、処理しきれない放射性廃棄物と生活(生命)の破壊だけだ。そのことの意味をもう一度深く受け止めながら、私たちの未来を選択していく道を見つけだしていきたい。

原発ゼロの日に
長く更新してなかったが、
今日はとうとう日本国内で稼働している原発がゼロになった日。
忘れないようにここにも書いておこう。
失ったものは取り返せないが、これ以上かけがえのないものを失わないために
大晦日だ。

この1年間、特に3・11以降の日々は、
私たちの日常を別の世界に追いやった気がする。

「絆」が語られ、身近な人々との普通の生活がどんなに貴重なものかが見直される一方で、
大きな不信と分断が、私たちを包んでいるように見える。

多くのいのちが失われ、地震と津波に破壊され尽くされた土地。
壊れてしまった原発の、「収束」できない放射能汚染。

私たちは死者を悼み、
被災して生活の基盤を失った多くの人が、
再び日常を取り戻すことを願う。

けれども、取り返せない分断の傷跡が、
あちこちで軋んでいる。

たとえば、福島の「有機農家の叫び」(ひぐらし農園のその日暮らし通信より)。
だれも、福島の農民を追い詰めたいとは思っていない。
けれども、幼い子どもたちに少しでも放射能に汚染されていない食べものを探して、
将来の危険を減らそうとすると、少しでも放射能汚染の少ない地域のものをとなる。
「福島」を見殺しにしないために、何ができるのか。

一方で、多くの母親たちが、子どもたちを守ろうとさまざまな発信をしている。
根拠のない数値により安全と言われても、
何かの結果が起きた後では、取り戻せない現実。
これまで多くの低線量被爆者の実態が知らされないまま、
「確率の低さ」ということで「安全」とされてきた。
基準値より低いから大丈夫とは思えない不信の構造。

私たちは、ロシアンルーレットの拳銃を突きつけられているようなものではないか。
たとえ弾が一発しか入っていなくても、運悪くそれに当たったらいのちがない。
その銃口をつきつけられ続けて、生きていくのはつらい。

これらの困難は、だれの責任なのか。
どうすれば道は開けるのか。

だれが何を支配しているのか。
私たちは何に対して「忠良な臣民」なのか。

放射能で傷めつけられたうえに、
さらに多くの税金まで搾り取られようとし、
海外との競争に勝つためにと生業を奪われ、
名ばかりの「主権者」となっている、私たち。

取り戻そう、未来のために。
創りだそう、生きつづけるるための世界を。
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